普段あまりアニメを見ないのですが、どろろは本当に素晴らしい。

小林靖子によるにハードで容赦のない脚本、争いのくり返される残酷な世界観、だからこそ時に心に沁みる人々の温かさ。

スタイリッシュな百鬼丸の戦い方。

そしてなんといっても相棒のどろろが可愛らしい。原作よりも大分いい子になっているらしいですが、9話ではついに女の子であることが明かされましたね。

普段は少年っぽいのに、どろろに身体を見られたことを恥じらう女の子らしさもちゃんと持っているどろろ。まあ、百鬼丸にはまだ目は見えてないんですけどね……

『どろろ』は言わずと知れた手塚治虫原作のアニメですが、女王蜂が歌うオープニングの曲やamazarashiのED曲もよいし、「失った身体の各部分を取り戻すための旅に出る」というストーリーは物語の王道ともいうべきもの。

しかも面白いのが、百鬼丸は身体を取り戻したことで弱くなることもある、という点なんですよね。

例えば耳が聴こえるようになったことで、怪鳥の耳障りな鳴き声を恐れるようになるとか。

百鬼丸の強さは、人間から遠いというところにあるんですよね……

 

しだいに「人間らしさ」を取り戻していく百鬼丸が、どんな成長を変化を遂げていくのか、目が離せなくなる。

百鬼丸の目が見えるようになったら、彼に世界はどう映るのだろうか。

思っていたよりも美しく、あるいは醜く感じるのだろうか?

情報量が多すぎて、怪物ともうまく戦えなくなってしまうのだろうか?

 

このアニメを見始めたら、5・6話の「守り小唄の巻」まではぜひ観てほしい。

とても悲しい、救いのない話ではありますが、それでも胸に深く残る何かがあると思います。

貧しい子供たちを率いて、懸命に生きようとする少女みお。

彼女の「仕事」というのが何なのか、勘のいい人はすぐにわかるでしょう。

この時代は、生きるためにはこういうこともしなければいけない。

みおは自分を汚れた存在と思っているけれど、目が見えない百鬼丸には、彼女の真の姿が見えているのです。

ふたりの間に通った感情は、淡い恋なのか、それとも……

 

この話、百鬼丸が人間になるか、怪物になるのか、危うい分岐点だったように思えます。

復讐に心を焦がしていたら、百鬼丸は自身が怪物になっていたかもしれない。

それでもどうにか人間らしさを保っていられたのは、どろろがそばにいたからなのだろうか。

 

こういうつらい話があったかと思えば、7話の「絡新婦の巻」のように、ちょっと救われる話もあったりします。

鬼神は常に悪い存在であるとは限らないのですね。

鬼神を悪しき存在にしているのは、人間の側の対応ということなのか……

 

で、油断していると今度は9話の「無残帳の巻」みたいながっつり重い話が来てしまうわけです。

このお話ではどろろの過去が明らかになるわけですが、どうもこの世界ではみおやどろろの父親のように、まっすぐな信念を持った正しい人は報われない気がするんですよね……

この救いのない世界のなかで、百鬼丸とどろろはどこに希望を見出せばいいのか。

 

原作マンガでは中途半端なところで終わってしまいましたが、百鬼丸とどろろの旅の行方にきちんとした決着がつくことを願っています。

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